大判例

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東京高等裁判所 昭和26年(ラ)208号 決定

一、当事者

抗告人 中○○男

抗告人 由○○子

右両名代理人弁護士 右○○夫

吉○○雄

事件本人 中○○代

二、主  文

本件抗告はこれを棄却する。

抗告費用は抗告人等の負担とする。

三、理  由

本件抗告の理由は末尾添附の抗告理由書記載のとおりである。よつて判断するに、本件記録に顕れた資料によるも事件本人中○○代に親権を濫用し又は著るしく不行跡である事実は毫もこれを発見出来ない。そしてその詳細は原審判がその理由において判示するところと同様であるからこれを引用する。末尾添附の抗告理由書中において抗告人等が主張するところは結局その独自の見解により原審判の認定を攻撃するに過ぎないから採用に値しない。その他記録を調査するも何等原審判に違法の点は発見出来ないから本件抗告を理由がないものと認め主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 裁判官 裁判官)

抗告理由書

抗告の趣旨

原審判を取消す

本件を浦和家庭裁判所に差戻す

との御裁判を求める。

抗告の理由

一、抗告人等は昭和二十五年十月二十七日浦和家庭裁判所に対し、相手方事件本人のその子A、B等に対する親権者の管理権喪失宣告の申立を為し、且つ同日管理権行使停止の仮の処分を求めそれについては決定を得て相手方の管理権行使は停止せられ、爾来浦和家庭裁判所において管理権喪失宣告の審判が為されていたが昭和二十六年六月八日同家庭裁判所によつて表示の如き審判が為され、同審判書は同年六月二十六日抗告人等に送達せられた。

二、しかし、右裁判所の審判は明らかに誤りであるから抗告人等は左記理由を以つて本即時抗告に及ぶ次第である。

一 原審判は事件本人たる相手方と抗告人由○○子夫婦との間の不和を原因として本件家屋の売却を正当視する認定をしているが、しかし単に不和とのみ認定しているに過ぎないで不和の原因が何れに起因しているかを確定していないのは不当である。

二 原審判は事件本人が○子夫婦に対し本件家屋からの明渡しを求めたのに○子夫婦が之に応じない為不和の内同居を続けるのは子供達に悪影響があるため自ら別居する為に本件家屋を売却したことを是認しているが右は明らかに根拠なき判断である。原審判が認定したような事実がもしあるとしてもそれは家屋明渡しの事由として主張されれば充分子供達の利益は擁護出来得るものであつて、子供達の唯一の財産である本件家屋を不当に低廉に売却しなければならない程の理由とはならない。

三 原審判は家屋の売却代金二十万円也は不当に低廉に非ずとしているが、本件家屋は公定価額に見積つても金二十万円也を超える価値を有するものであつて、金二十万円位で売却すべきものではない。現に家屋売却契約の後三十万円で買受け度き旨の申込があつた程である。従つて原審判の認定は不当である。特に認定の基礎となつた参考人aは家屋売却の仲介人であり、bは買受人であるが、これ等の者の供述を基礎として価格が正当である旨を認定したのはこれ等の者が自己が決定した価格を後に裁判所において不当であるというような事が無い点から見ても原審の認定が不当であることは明らかである。

四 原審判は抗告人○子夫婦が事件本人の家屋の明渡しを不当に拒否しているように認定しているが抗告人○子夫婦と事件本人との間には家屋の賃借に関し、数囘にわたつて賃料協定の調停が行われ○子夫婦は適法に家屋の賃借を為して来たのである。しかるに右の事実にも拘わらず事件本人は強いて常に悪口を以つて○子夫婦に明渡しを求めて来たものであつて、それは○子夫婦を追出さねば家屋の売却が出来なかつたからである。原審判がこの事実を無視したのは不当である。

五 原審判は結局抗告人申立人等の申立は不仲の事件本人に対するいやがらせと本件家屋を売却されれば本件家屋から立退を迫られることのおそれからであることが明らかであるとしているが、適法に賃借中の○子夫婦が立退を迫られることの虞れがないことは明らかであるのみならず、いやがらせは寧ろ毎日事件本人が為して来たものであることを看過した認定である。

六 特に原審が認定の証拠に供したcの供述については、cは当初から事件本人の味方として働き、自己が調停委員であるにも拘わらずあたかも事件本人の相談役の如き働きを為していたものであるに拘わらず参考人として尋問するに際し、抗告人等には審判期日の通知なくして尋問が行われ抗告人等は右尋問に立会する機会を得られなかつたものである。

(原審)

浦和家庭裁判所 昭和二十五年(家)第四二四九号管理権喪失の宣告申立事件

当事者 申立人 中○○男

申立人 由○○子

右両名代理人弁護士 右○○夫

同吉○○雄

事件本人 中○○代

右代理人弁護士 相○○明

主文

本件申立を却下する。

当裁判所昭和二十五年(家)ロ第三一号親権者の管理権行使停止決定はこれを取消す。

理由

申立人代理人は「事件本人が長男A及び長女Bに対して親権者としてもつ管理権の喪失を宣告する」という審判を求め、その申立の理由として、(一)申立人○男は未成年中○A同Bの亡父Dの弟、申立人○子は亡Dの妹であり、事件本人は右未成年者の母で同人等の親権を行使している。(二)A・Bの父Dは昭和十八年二月八日今次の戦争で戦死したのでDの所有であつた同人等が居住中の肩書所在の木造瓦葺平家建住宅一棟建坪二十四坪A・Bが遺産相続によつて所有権を取得し、親権者である事件本人の管理権に属している。(三)ところが事件本人は性来気まま放縦で舅姑等と生前申兎角その間の折合悪く同人を捨てて実家に戻り昭和二十一年中舅姑相次いで死亡しても葬式に参列しないような状態であつたがその後間もなく申立人○子夫婦が居住していた本件家屋にその意思に反して居住するようになり昭和二十三年十二月頃現在の夫Eと婚姻してその間に一子F出生したが、その後同人の放縦は一層激しくなり、最近においては(昭和二十五年十月頃)A・Bの唯一の財産である前記家屋を公定価格よりも安い僅か金二十万円という代金で他に売却し既に手付金まで交付受けた次第である。(四)然し前記家屋には現在申立人○子夫婦の外二、三の者が間借りしてその賃料だけでも一ヵ月約四、五千円はあがるのでA・Bの監護養育のための費用としてはこと欠かぬ実情にあるのであるから殊更に消費し易い金銭に、しかも安価で、処分する必要は存しないに拘わらず、かかる挙に出でることはA・Bの将来を考えるとき深く憂慮にたえないので前記家屋を確保するため事件本人の管理権喪失の宣言を求めるため本申立に及んだというのである。

事件本人は、申立却下の審判を求め、申立の理由に対して、事件本人がA・Bの母で現に同人等の親権を行使していること、戦時中事件本人が実家に別居していたこと、夫Dが戦死したこと、A・Bが遺産相続によつて本件家屋を所有し事件本人と現在の夫E及びA・Bがこれに同居していること、事件本人が本件家屋を他に金二十万円で売渡す契約をしたことは争わないがその余の事実は争う。即ち(イ)事件本人が戦時中実家に行つて居たのは舅姑の了解のもとにA・Bを伴つて疎開しておつたのであり、舅姑の死亡した際葬式に参列しなかつたのは死亡の通知に接しなかつたため参列できなかつたのであり、(ロ)事件本人が本件家屋を他に売却する契約をしたのは、申立人○子夫婦が本件家屋の一室に事件本人等と同居し、ことごとに事件本人等家族に意地悪くあたつたりするため双互の間が不和となりその不和の空気がA・B等の養育上好ましくないので申立人○子夫婦に別居してもらうよう申入れてもこれに応じてくれないので事件本人はやむなく申立人○子夫婦と別居するため他に新に住宅を求める費用にあてるために本件家屋を他に売却することにしたわけであると述べた。

よつて考えるのに、疏甲第一号証(戸籍謄本)の記載によれば事件本人はA・Bの母で現に右両名の親権者であること、申立人等が事件本人の亡夫Dのそれぞれ弟妹であることが認められる。そして参考人c、d、e、中○A、中○D、a、b、fの各供述を綜合すれば、事件本人は昭和二十五年十月中、bに対して本件家屋を代金二十万円で売渡す契約をして手付金十万円を受領したことが認められる。そこで事件本人の右の行為が管理権を喪失せしむべき原因となるかどうかについて考えるのに前掲各参考人の供述によれば事件本人は昭和十五年十一月十八日中○Dと婚姻以来舅姑を始め夫Dの弟妹多数と同居したが同人等は嫁である事件本人に対して些かの同情もなくこれを冷眼視し、その後○義は応召となつたため、性来多少気ままであつた事件本人は白眼視される婚家に到底居たたまれず婚家のものの了解のもとにA・Bを伴つて実家に疎開したこと、その間舅姑は昭和二十一年中相次いで死亡したが婚家のものはこれを事件本人に通知することなく、これがため事件本人はその葬式にも参列できなかつたこと、その後昭和二十一年十二月中事件本人は婚家のものの反対を押切つてA・Bを伴つて本件家屋に居住し申立人○子夫婦等と同居するに至りその後事件本人はEと婚姻しその間に一子を挙げて現在は本件家屋に事件本人の家族六名と申立人○子夫婦が同居していること、事件本人と申立人○子夫婦との仲はもともと不和であつた上同居するに至つていよいよ嶮悪の度を加え申立人○子夫婦はA・B等に対しても冷眼をむけるようになつたので事件本人は申立人○子夫婦との同居が好ましくなくA・Bの養育上に及ぼす悪影響をおそれ、申立人○子夫婦に対して別居方を要求するようになつたが申立人○子夫婦はこれに応じないで依然として不和の空気の中に両者同居を続け、今日に至つていること、そこで事件本人は遂に意を決して自ら本件家屋を立退いて申立人○子夫婦と別居する目的で他に家屋を求める費用にあてるため本件家屋をbに代金二十万円で売渡す契約をしたこと、そしてその代金二十万円は居住者のおる本件家屋の代金として相当であること、A・Bは事件本人及びEの深い愛情のもとに幸福な生活をしていること及び申立人等はA・Bのために本件家屋を確保したいから本件申立に及んだといつていながら、申立人○子夫婦が本件家屋から立退いてくれさえすれば本件家屋を売らなくてもよいのであるから申立人○子夫婦に本件家屋から立退いてもらいたいという事件本人の切なる申入れがあり、且つ本件家屋の買主であるbもいつでも本件家屋の売買契約を解除してもよいといつているに拘わらず申立人○子夫婦は事件本人の切なる明渡の要求に応じないで本件家屋の一室を占拠していることが認められ、右認定に反する参考人d、e、fの各供述部分及び申立人中○○男、由○○子審訊の結果は措信できない。以上認定した事実によれば、事件本人をしてA・Bに対する管理権を喪失せしめる理由は毫もないこと明らかで申立人等の本件申立は未成年であるA・Bのためを思い、その将来を案じてによるものではなく、むしろ不仲の事件本人に対するいやがらせと、本件家屋を他に売却されれば申立人○子夫婦が本件家屋から立退かなければならなくなることのおそれからであること極めて明瞭である。よつて本件申立はその理由がないからこれを却下し、本件についてさきになした親権者管理権行使の停止決定は家事審判規則第七十四条第二項によつてこれを取消す。

よつて主文のとおり審判する。

浦和家庭裁判所

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